2007年10月12日

黒川氏哀悼と赤福問題

 どうも建築家の黒川紀章氏が今朝心不全で志望したとのニュースを見て驚いている狐です。( http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071012-00000917-san-soci )
 都知事選以来色々と物議を醸していた人ではありますが疑問に思う一方で、これはこれで1つのやり方としてありだと感じ今後も活動するとの事でしたから楽しみにしていた矢先の事でしたので全くの青天の霹靂でしょう。とにかくはお悔やみを申したいと思います、そしてありがとうございました。

 それに対して同じく報じられた赤福の不正表示問題( http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071012-00000095-san-soci )は矢張りこう言う問題はあちらこちらに転がっているのだなと改めて感じさせられました。特に赤福の場合この不正が34年にも渡って社内規定まで作られて継続して行われていたとの事ですから、そもそも意識が希薄であったとしか言えませんし深刻でしょう。
 赤福と言いますと今年の5月にJR参宮線廃止発言騒動の事が強く思い出されます。これは数十年に一度の伊勢神宮式年遷宮の為の駐車場用地としてJR参宮線を全て廃止してその鉄道用地、特にJR伊勢市駅の用地を駐車場にすべきだと伊勢市長などに赤福会長の濱田益嗣氏が唐突に提言したものです。当然いきなりの発言に市長は慌て更には伊勢市議がJR東海に対して参宮線を廃止しないように陳情に行くまでになった問題でした。
 この発言だけを見て、つまり記事だけを読んで感じられるのは赤福と言う会社を率いる人物の見識の古さのみであり、まるでこれはかつて昭和30〜40年代に路面電車の存在しない町が近代都市だと言って廃止に追い込み、結果として後の中心市街地の空洞化の一因を作りかつ損失を蒙った一部の地方都市の発想と変わらないと言えるでしょう。
 自分は今年の7月に伊勢神宮に参拝に行った際に伊勢市内を色々と歩き回ってみましたが、JR伊勢市駅を潰すよりも駅前にそびえている倒産した百貨店の廃墟や大規模に広がるシャッター通り等の整備を通じて土地を捻出し、かつ駐車場と共に街自体の整備をした方が長期的に見ては望ましく感じられます。
 少なくとも伊勢神宮内宮付近は賑わっておりますが、それ以外の地域は人の姿も少ない典型的な衰退した地方都市がそこにはありました。その中で確かに近鉄線に比べると競争力は劣るとは言え、人の来なくなった中心街に人を集める装置である参宮線を廃止して何になると言うのでしょう。

 幾ら駐車場を整備してもそこに至るまでの道が大混雑しては元も子もありません。何よりも伊勢のあの地域を今以上に排気ガスで汚す方が問題だと感じられます、また三重県はかつて四日市ぜんそくにて大いに苦しんだ経緯を持つ地域でもあります。
 ですから自分としましては公共交通があっても自動車利用が多いと言う中京圏特有の事情を踏まえたとしても、どうしてこの様な発想を安易にしてしかも公の場で公言してしまうのかと言うところには後述の内容とあわせて、視野の狭さと硬直した思考と言うものを感じてしまってなりません。
 加えて恐らく鉄道は近鉄があるから良い、参宮線など無くても何とかなると考えたのでしょうが幾ら近鉄線と参宮線が並行路線であるとは言え完全に並行となって走っている訳ではないのです。地域によっては参宮線の駅しかない地域もありますし、何よりも名古屋〜伊勢間ではJRと近鉄によって競争が行われ快速「みえ」に代表される速達列車の運転、各種割引切符の設定等で利用者に対して好ましい環境が実現しています。
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 もし仮にこれが参宮線のみ、あるいは近鉄線のみになっていたら果たしてここまで利用者に対して好ましい環境が実現していたでしょうか。また現在、どちらかの路線しか並行区間であっても利用出来ない地域はその恩恵を受ける事は出来たのでしょうか。
 今後、鉄道を始めとする公共交通機関は高齢化の進む中で、自動車の運転の出来なくなった高齢者を中心とした交通弱者の足としての役割が期待されています。だからこそその活性化を式年遷宮にあわせて環境問題も叫ばれている時代だからこそ、一層のテコ入れしよう・・・との認識と発言に至れなかったところに、赤福会長が商工会議所会頭として力を持っているとも言われる地域の限界を、全てが全て一色だとは言い切りませんが、それでもその様な物をあの衰退した市街地の光景に被せつつ改めて感じられてならないのでした。

 また今回の期限改竄等の不正が34年に渡って続いていたと言うなら、今の赤福社長よりも商工会議所会頭にして赤福と言う会社の会長たる人物の責任の方がより強いと感じられます。ですから今後の赤福の動きに注目していきたいと思いますし、そもそも自分は赤福餅は食べた事はありませんが今回の件を受けてますます食べようと言う気はなくなりました。
 何よりも不正を起こした以上、赤福の波は五十鈴川のせせらぎを表現云々等と言うのも止めてもらいたいものです。とてもあの清らかな流れとは同一視する事は出来ません。そしてそれがお伊勢さんのお陰で商売をしているけじめなのではないでしょうか。なお写真は伊勢神宮内宮の御手洗所より撮影した五十鈴川、また再訪したい場所の1つであります。
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posted by 冬風 狐 at 20:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史・時事・民俗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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