これまでTXには秋葉原〜北千住間しか乗った事が無かったので、終点つくばまで数歩手前の駅まで一気に行く機会に恵まれたのは嬉しい事です。また休日の夜と言う事もあって伊勢崎〜太田間を除いた全ての区間で座れ、その間に更新用の小説を書き上げられたのは幸いでした。
さて夜に沈む両毛線の駅とどこか本数・雰囲気共に似通ったみらい平駅にて、まるで映画インディペンデンス・デイの最後の辺りのワンシーンの如く迎えに現れた狐塚さん・わっふるさん・ダエグさんの3氏と合流しましてダエグさんの家へと向かいました。
当然ダエグさんの家に行くのは初めての事ですしそれだけでも満足と言うところはありましたが、それで終わらないのがこの面子のクオリティーと言いましょうか。とにかく大変充実した一時を過ごさせて頂けたのは強く感謝に値するところです。言ってみれば祭でしょうか、とにかく心行くまで楽しめたものでした。
なおここで初めて狐は、フルメタルジャケットとチーム・アメリカを見てカオスな感じに大爆笑してしましました。実を言いますと昔から殆ど映画とかは見たことが無いものでして、中々にその見ると言う事自体が新鮮な経験となりまして有意義なものでありました。
フルメタルジャケットに付いては個人的感想としてハートマン軍曹を筆頭とした個性的な、言い様によってはアメリカ的な色彩に彩られる中で明確なメッセージを密かに忍ばせている所、その構造が上手いと感じてしまったものですしその2つをまた機会あったら見てみたいものだとふと感じてしまいました。
チーム・アメリカについては・・・何このアメリカwwwと言うほかにはありません、全く以ってアメリカをアメリカとして描写した物だと感心してしまいました。あの映画にかかるとイスラム過激派に北朝鮮も何もかもがアメリカ的に染め上げられてしまうところ、そこがアメリカの強さなのかもしれません。
その後もなんやかんやとダエ犬に剣を振りかざす元気な黒い犬も登場するなどして色々と楽しみつつほぼ徹夜を、気が着けば外には空の白さと地上の緑が戻ってきておりました。ああ茨城の夜明けです、流石に騒ぎすぎて疲れたという事で軽く仮眠をした後、狐塚さんと共にダエグさんの家を後にしました。
ここで早速その日最初のハプニングに見舞われると言う事もありましたが、何とか守谷からTXにて都心へと向かったのでした。しかしTXの守谷〜つくば間の各駅に止まる列車の本数の少なさは・・・交流電化区間の為に交直両用電車で無いと入線出来ないと言う事情はあるにしろ、都市近郊の通勤鉄道としてはかつて40分間隔運転であったと言う武蔵野線の再来なのかもしれません。とにかく今後の改善を希望したいところです。
狐塚さんとは北千住にて別れ、ここから昨日新伊勢崎→北千住にて使った「浅草下町フリーきっぷ」を取り出し東武線にて浅草へ。空は相変わらず薄曇で白くありましたが、特に風も無く適度な暑さでありましたから心地よく一週間ほど前に歩いたのと似たような勢いで台東館まで向かいました。
今回は台東館4階での開催でしたから直通エレベーターですぐに到着し・・・ABC5に到着です。到着したのは開場から1時間ほどが経過した頃ですが中々の盛況ぶりで一部では完売も既に見られる状況の中、カタログを購入して早速周り始め一応ケモノ関連で4つほど入手し一巡し終えてその場を後にしました。
元々の計画ではこの後は、このまま蔵前かそれかフリーきっぷのフリー区間の有効活用と言うことで曳船・亀戸経由の何れにて両国の江戸東京博物館に向かうものでしたが、狐塚さんと行く約束になりましたので待ち合わせの時間まであと二時間ほど時間を潰す事になり・・・ちょっと色々と確認もしたかったので秋葉原のネカフェまで行く事としました。
浅草から秋葉原と言いますと銀座線で末広町下車か、明らかにかっぱ橋に近い浅草ビューホテル直結らしい孤立したTX浅草駅からTX秋葉原駅までの何れかが直行手段です。都バスにて行く手段もありましたが、都バスに関してはまだ路線をしっかりと把握しておりませんので今回は見送りTXにて向かう事に。
台東館から二天門を経由して浅草寺・仲見世、何時かは買いたい日本陸軍士官帽のレプリカを始めとした軍装等を取り扱っている店に目を通しつつ浅草を文字通り横断してTX浅草駅に辿り着きました。
その距離はおよそ700メートルかその辺りでしょうか、本音で言えば東武浅草駅近辺にあって欲しいものですがこの様に浅草を横断する形で移動できる事を考えますと意外と良い配置なのかもしれません。しかしそれとは別に矢張りこれだけ離れているのですから「浅草」ではなく「元浅草」或いは「新浅草」とでも駅名をした方が親切であるように感じられるものです。
そして地下深く潜んでいるTX浅草駅より秋葉原駅に、TXの秋葉原駅は相変わらずりんかい線の大井町駅や品川シーサイド駅と共通する特有の臭いが軽く漂っておりました。矢張りこれも地質の問題なのでしょうか、どちらもりんかい線の各駅は東京湾、TX秋葉原駅は隅田川・神田川と川が近いですからその影響による土か地下水の臭いなのかも知れません。
そして地上に出てヨドバシ裏のコンビニで買い物をして外に出ると・・・何やら妙な賑わいが昭和通りの方から響いて参りました。一体何事かと思って立ち止まってみておりますと着たのは何と横一列の提灯に御神輿、そう今日は神田明神の祭典日だったのです。
ちょうど今いる場所はその名も神田明神通りから続く道ですから恐らく線路の東側の町会の御神輿なのでしょうか、とにかく中々そう恵まれた機会ではありませんからカメラを取り出して撮影する事に。結局、「佐久参」の神田佐久間三丁目町会、「佐久二平河」の神田佐久間二丁目平河町会、「東神三」の東神田三丁目町会、「和泉」の神田和泉町町会の4町会が通過して行き中央通り方面へと向かっていきました。
なおその道路では交通規制が片側しかしかれていなかったので、御神輿行列通過中にも都バスが4台ほど規制のしかれていない車線を葛西駅などに向けて乗用車と共に窮屈そうに通過しておりました。
そしてその後はガードをくぐり一旦道路上で休憩している行列の皆さんを見つつ進み、秋葉原を貫く中央通り一杯に広がる御神輿行列を交差点の策越しに眺める事に。目的のネカフェは道路の対岸にありますから渡れるまで待っていたというのが真相でありましたが、アキバの象徴とも言えるメイドと江戸から脈々と受け継がれてきた秋葉原とその周辺の地域の神輿群と言う取り合わせは大いに見応えのある光景と言えるでしょう。
そしてようやく中央通りの行列が一段楽したので道路を横断してネカフェへ、思わぬ遭遇によってある意味では画面に向かっているよりもずっと有意義な時間が過ごせたのは嬉しい誤算でありました。ちなみにその御神輿行列の通る道路にてキリストを信じろと命令調でマイクにて絶叫している、明らかにちょっとアレな空気の読めない人にはドン引きでありました。
その後は30分ほど滞在して両国へ、普段通りの佇まいの講武稲荷神社にお参りしつつ総武線ガード下の交差点を渡りながら、今度は「旅籠」の外神田旅籠町会に「万世橋」の万世橋町会の御神輿を眺めてラヂオデパートの中を横断して改札口に。どうやら万世橋町会はその駅前にて休憩をするらしく、後五分ほどそこにいたら半被姿の人々と何時もの如く駅前に並んでいる多くのメイドさんを、御神輿を間に挟んだ構図にてその和と洋の並びを眺める事が出来た事でしょう。
最も時間がありますのでそれは流して・・・でも5番線ホームでコーヒー牛乳は譲らずに飲んで狐塚さんの待つ両国へと向かったのでした。
両国で狐塚さんと合流し、大型連休の際に時間の都合で見れなかったもう1つのロシア関連の展示である「ロマノフ王朝と近代日本」展を見に、今度はその造られた当時の世相であるバブルを象徴するような大仰な造りの博物館の上層部へエスカレーターで昇ります。
その格好と言ったらまるで飛行機のタラップも然りで、博物館の構造と合わせて差し詰め宇宙船への搭乗とでも言うのが適切かもしれません。そうして3階から6階へと途中で2回エスカレーターを乗り継いで上がりまして常設展展示場に、全て余すところ無く見たいほどの魅力的な空間でありますが今回は第二展示室にて開かれている物が目当てなのですからそちらへと直行したのでした。
「ロマノフ王朝と近代日本」については既に見た「ロシア皇帝の至宝展」よりも静かでまた人気も少なく落ち着いてじっくりと見れました、展示されている資料も書籍やリトグラフによる絵加えて写真と言った物ばかりでありましたから、イコンや皇帝の玉座等の華やかさや煌びやかさの展示が中心であった至宝展とは対照的な様相でありました。
そして今回もじっくりと時間をかけて2人で見入り・・・集中しすぎてすっかり時が経つのを忘れてしまい自分が乗る予定であった候補の2つの電車、東武浅草1650発の区間快速か1715発の特急「りょうもう」に亀戸・曳船経由では間に合わない時間になってしまい、慌てて「りょうもう」目指して浅草橋経由浅草を試みましたが・・・浅草橋駅到着の時点であと10分しかありませんでしたから断念するに至ってしまいました。
その為、結構な時間が出来てしまいましたから以前に訪れた浅草橋駅近傍の2つのお稲荷さんを狐塚さんに案内して浅草に向かう事に。まず向かったのは浅草橋駅西口から徒歩数分の扇稲荷神社、続けては東口からこちらも数分ほどで行ける篠塚稲荷神社の2つを周りました。
後は地下に総武快速線東京トンネルのある事を示す日本国有鉄道と彫られて設置されている銘版等を眺めながら都バスにて東武浅草駅まで向かい、こちらも狐塚さんオススメの喫茶店にて簡単な軽食を摂りしばし歓談した後、1945発の伊勢崎行き「りょうもう41号」にて都心を後にしました。
そして家に着いたのは22時を大きく過ぎた22時半前後、中々に充実していた2日間でありました。改めてお世話になった方々に感謝したいところです、またお誘い頂けてありがとうございました。
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