2014年03月22日

「初午」に惹かれて「昔のくらしと年中行事」を見る

 どうも久々に下道でのんびりとドライブをしていた狐です。
 具体的には横浜付近から往路は大井松田インターまで246号線を走り、御殿場インターまでは足柄SAで一休みする目的も兼ねて東名利用。その後、足柄SAでの休息を経てから御殿場インターより御殿場線に沿って関東平野に戻り、また246号線を戻る、そんな単純な行程ではありましたが良い気分転換になったもの。
 道路工事の関係で伊勢原市内で少し渋滞があった以外は空いており、正に快適。更に雨も上がってのいたものですから、夜の御殿場線沿いの旧道もこう、昔から馴染みのある山梨の道だとかを思い起こされて、どこか気に入ってしまったところでした。

 さて、その日の昼間は久々に博物館へと足を向けていました。
 向かったのは横浜市都筑区、いわゆる港北ニュータウンの一角にある横浜市歴史博物館( http://www.rekihaku.city.yokohama.jp/ )でして、横浜市営地下鉄センター北駅とセンター南駅のどちらからもアクセスしやすい場所にあります。
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 今回は仕事上がりで空腹でもありましたので、まずはセンター南駅で朝食も兼ねて久々にマックのポテト―それも朝マックが終わると共に注文したのでカリカリでいい塩加減の美味しい物―を食べて一休み。
 その後、センター南駅とセンター北駅の間の市営地下鉄高架線の間の空間を利用して作られた「みなきたウォーク」なる歩行空間を雨の中のんびりと歩いて博物館へ。
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 なおこの歩行空間、途中で地下鉄の高架線に等しい高さまで上がる等、思っていたよりも高低差のある道であり、ただの平坦な道を想定していた私としては中々の意外な所でありました。
 それ故に通過していく地下鉄の姿も良く見えるものでして、結果として第三軌条大型規格で作られたブルーラインと架空線式小型リニア規格で作られたグリーンラインが見比べられるのは、どちらも一定のコストカットを、建設されたその時代に可能な技術を用いて行った実例として中々貴重なものかもしれません。

 そんな訳で到着した、位置としてはセンター北駅の方が近い横浜市歴史博物館は、小学生の団体と思しき姿が、入って間もなくは騒がしかった他は静かな物でして、平日の疎らな来館者の中の1人となって目的である企画展「昔のくらしと年中行事―ちょっとむかしのよこはま―」を1時間近くかけてたっぷりと眺められたものでした。
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 内容としてはいわゆる家庭だとか地域において行われていた年中行事を、横浜を中心に振り返る、と言ったものでして旧暦と新暦による、以前と以後の比較に始まり、毎月ごとにそれぞれ紹介していくと言った趣向。
 「講」は「無尽」と共に山梨だとかでは今でも一定の力のあるところはありますが、かつて横浜市内でも各地にみられていた事と共に、ただ年中行事として見るのではなく、その背景として「講」の存在と絡めて展示と紹介がされていたのは中々見どころでした。
 確かに一般的には年中行事はあくまでもその行事その物、として見てしまい接してしまうものですが、実際にはその年中行事を伝えてきた「人」の存在が無ければ、それ等は「年中行事」として成り立つ事はなかった次第。その、ふと忘れがちなその側面をしっかりとクローズアップしていたのは大いに良いと思いますし、それだけでかなり見に来て良かった、と感じられたものです。

 また狐ないし稲荷好きとしては、2月の年中行事として「稲荷の初午」をそれなりにスペースを割いて紹介していたのも見どころでありました。なお、「初午のお稲荷さま」としてポスターにイラストの掲載があった故に、足を運んだのは少なくとも一因としてあった、と触れておきたく思います。
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 少なくとも昨今では初午はそう一般的なものではありません、しかしながらその行事がかつての旧暦においては春の始まりを告げる行事であり、豊穣神たる稲荷の大祭とも相俟って各地で祝われていた事実、それに触れられる事は大切な事でありますし、各地にいる稲荷神社そのものに対する理解にもつながるのではないかと思えます。
 また会場では昭和61年の旧家における稲荷の初午を祝う一部始終が収められた、個人撮影のビデオが流されており、家のやり方を考慮するとしてもどういった具合でそうした、いわゆる「屋敷稲荷」が祭られているのか、祭っていたのか、の一端を見るにはまたとないものでした。
 加えて今のあざみ野駅近くに、こちらは今でもあるお稲荷さん(赤田稲荷)ではありますが、その初午を祝っている農村風景の傍らを、沿線の宅地開発を目的として敷設された東急田園都市線の通勤電車が通過していく写真も、そうした時代を知るには最高の資料であるでしょう。
 他にも横浜市の本牧地区で行われていた「スナモリ」なる砂で作った塚の上に、貝を載せてお盆の際に亡くなった祖先を家に呼ぶ目印を作るだとか、これまで知らなかった地域的な風習は興味深いもの。
 要は迎え火と性質は同じであろう、とは感じるのですが迎え火が火を用いる性質上、その時だけしかないのに対し、砂と貝を用いて作られる「スナモリ」はある種の恒久さがありますから、その辺りでどうした感覚の違いがあるのか、海とは縁遠い山育ちの身としては尚更関心を抱けてしまいます。

 それ以外にも土地の神様たる地神と地神講、また念仏講、そして今もある大山講と言った横浜市域に何がしかの関わりのある信仰と講に関する展示もそれぞれ見やすく、特にどんな姿を地神に対して人々がイメージとして抱いていたのか、その姿の得られた掛け軸等より見れたのは、新たな観点として得られた収穫であったでしょう。
 また講が開かれる場合に記されてきた、要した費用にかかる帳簿の中身からは、地域において個人商店が中心であった時代から、コンビニだとかの新たな業態が中心となっていく、そんな時代の変遷も垣間見られたものです。
 
 全体としては良い構成であり、知るきっかけとしてまた改めて振り返る機会としてはオススメであると思います。最も、会期は今月の23日までともうわずかで終わってしまいますから、もし見に行かれるのであればすぐに行かねばならないでしょう。
 また館内の売店では3月30日まで、博物館がこれまでに出した目録や書籍の一部が半額で頒布もされているとの事なので、地域史だとか民俗系に関して興味がある人は、こちらも合わせて見に行かれると何か収穫があるかもしれません。 
 ちなみに私は以前に行われた企画展に関連して出されたと思しき「横浜の神代神楽―神楽師たちの近世・近代―」をひとまず入手した次第です。

 写真は全て2014年3月20日撮影。
posted by 冬風 狐 at 00:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史・時事・民俗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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