2009年06月22日

日本らしい1週間目の椿事

 どうも月曜日は何でこんなにも眠いのだろうか、と思える狐です。
 矢張り休み明けで翌日は火曜日、即ち平日であるからこそ体が体力をセーブしようとしているからか、それともただ単に休めない事への憂鬱さ故なのかは知りません。とにかくはあくびが止まらなくて仕方なく、余りにし過ぎて顎がどうにかなってしまうのではないかと、ふと笑いながら思ってしまったほどでした。

 さて小田急が千代田線直通用として製造した、地下鉄内での営業運転を日本で初めて行っている特急車両こと60000形「MSE」が、鉄道友の会より贈られますブルーリボン賞を受賞しました。
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 自分は昨年の春に1度小田原→霞ヶ関と利用した事があるだけですが、銀色の金属らしさを出したテーブル等、中々個人的に気に入る点が多く、またそのデザインも優れていると感じていただけに喜ばしく思えています。

 それから1週間が経過したその日に、千代田線日比谷駅にて特急を運転していると勘違いした運転士が、各駅停車であるにも関わらず駅を通過してしまうと言う出来事( http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090622-00000054-jij-soci )が報じられました。
 記事によれば、その前に小田急から直通してきた特急の運転を担当していたとの事ですから、それこそうっかりなのでしょう。地下鉄の路線と言うのは地上の路線と比べて雨等によるオーバーランの危険は低いものの、基本的にトンネルの中ですから単調ですし、そう言う点では沿線風景による区別等も付き難いからこそ、うっかりそう言う勘違いをしてしまったのかもしれません。
 とは言えこの事故によって起きた被害と言うのは日比谷駅での乗降が出来なかった事と、またダイヤの軽い乱れ程度でしょうから「事故」とか「被害」と言うのは少し大袈裟すぎる気もしてしまったり。
 そしてこれも矢張り日本の鉄道の正確さ、また乗務員や駅員の規律の良さがあるからこその表現なのかもしれません。そう言うのも実際に海外、諸国の中でもしっかりとしていると評されるドイツ、その首都ベルリンで実際にその模様を見て来たからこそ思える訳です。

 少なくとも駅で写真を撮っていたら運転士が得意気にポーズを運転席から決めてきたり、寒さでダイヤが乱れてようやく経ってからホームの詰所から駅員が制服を着ながら、慌てて出て来たりと言うのは日本では考えられない光景です。
 またU-Bahn(地下鉄)が終点に遅れて到着し、本来であれば一旦引き上げ線に入って別のホームから出発するところを、その場で運転士の判断でそのまま折り返す。それも案内は特に無いまま、発車間際になってようやく運転士がホームに運転席より身を乗り出して、大声でその旨を口にするだけと言う、ある意味柔軟であり大雑把、そして暢気とも言える姿は矢張り日本とはかけ離れていましょう。
 ドイツでその有様なのですから、南ヨーロッパ果てはそれ以外の諸国となったらどうなのでしょうか?少なくとも、改めてヨーロッパに限定しますが彼の地域では10分程度の遅れは、定刻と見做して切り捨てるとなっていると聞きます。
 そもそも、これは余談となりますが駅の出発案内のLEDが、ドイツ鉄道(DB)等では日本と同様に時刻も表示されますがU-Bahn(地下鉄)では案内こそあれど、行先の隣にあるのは次は何分後に来ると言う程度。それだけならまだしもその通りに来なかったり、あるいは少し早く来てしばらく止まっているのを良く見かけましたから、本当目安としてしか機能していません。また日本の様にLEDだからと言って多種多様な情報の提供もありません。
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 LEDについては横道にそれましたがそれらを含めて考えると、1分程度しか遅れていないにも関わらず、その都度お詫び放送を流す日本と言うのは矢張りやりすぎな点があると思います。
 確かに接続に余裕がない場合等は1分足りなかったが故に乗り換えられなかった、と言う事も有り得るだけに分かる面はありますが、とにかくそれをまずすると言う姿勢からはある種の潔癖症であり、どこか強迫観念、逆に悪く言えばそれを言えば良いと言う事なかれ主義に取り憑かれているのではないか、とすら思えてしまいます。
 そう言う点で見ますと、今回の通過事故の報道と言うのは何とも日本らしいと思えてしまう訳です。確かに降りられなかった乗れなかったと言う損害は出た、しかし死傷者、つまり命に関わる出来事が発生した訳ではありません。

 それを考えれば正しく軽微も軽微なアクシデント(事件・事故)ではなくインシデント(出来事)の類と言える訳で、余り騒いで安全がとか、そう言う事を言う材料にすべきではないでしょう。
 ただし全く無視せよ、とは申しません。ハインリッヒの法則、と言うのもありますからどうして起きたのか?と言う要因の分析を、死傷者も出ていない事象のお詫びに労力を注ぐなら、むしろそちらをすべきだと思える訳です。
 同時にこう言う事柄を当事者ではない外野、つまり利用者がどこかで許容する余裕、それもふと必要なのではないでしょうか。そしてお詫び放送でお茶を濁すよりも、しっかりと余裕ある接続を定刻ダイヤの時点から組むとか、そう言う日頃からの対策に力を入れて欲しいものであります。ふとからクレームが来るのを恐れての「事なかれ主義」が根底にあるならば尚更ではないか、と思えてしまうのでした。

 写真は1枚目は今年の6月14日に大手町駅で撮影の60000形MSE「メトロはこね」、2枚目は矢張り今年の1月4日にベルリンはUhland Str.駅にて撮影のLED表示機となります。
posted by 冬風 狐 at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史・時事・民俗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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