2017年11月22日

冬風書館のお題箱を開設しました

 11月もあとわずかで終わり、とカレンダーを見ては今年も早かった、と感じる狐です。
 まだ12月もありますから、今年1年に想いを馳せるにはまだ早いものがありますが矢張り色々な事尽くめであったのは変わらぬものでしょう。色々と得た事柄を活かしつつ、歩んでいきたいと感じるものでした。

 さて、この度、今更ながら感もありますが冬風書館のお題箱なるモノを設置してみました。以下のURLよりアクセス出来ますので是非ご活用下さい。
https://odaibako.net/u/winter_fuchs
 こうしたサービスを見てみますと、昔にレンタルBBSだとかを活用して色々と試みた時代が懐かしく感じます。今でも一部は投票所として冬風書館内に残してありますが、そろそろ整理すべき時なのかとも感じつつのお題箱開設とも言えるでしょう。
 このお題箱のサービスもTwitterアカウントと連携しているのを考えると、一つのアカウントで幅広く色々と出来る便利さを改めて感じますし、同時にそれが秘めている危うさも意識しなければならないと思えてしまいます。
 なお開設したところ、早速お題をひとつ頂きましたので思いついた内容を書き出して掲載させて頂いた次第です。以下の小説「妖術師の特権」がお題から生まれた最初のものとなります。
http://fuyukaze.sakura.ne.jp/novel/S0287.html
 例によって、この雑報の記事を書いている段階では長くなってしまったので前編のみの掲載ではありますが、後編部分もすでに仕上がっていますので近日中の掲載をしばらくお待ち下さい。
 なおお題箱にお寄せ頂いたお題は可能な限り書きたく思いますが、お題そのままに書きあげられるとは限りませんのでご承知頂ける様、お願い致します。またポケモンや東方projectでしたら二次創作ネタも可能ですので、そちらに関しても頂けましたらありがたく思います。
 矢張りひとりでしているとどうにも世界や視野が狭くなるのは否めません、何卒、皆様のお力をお貸し頂ければ幸いです。
posted by 冬風 狐 at 01:29| Comment(0) | 同人・各種連絡・サイト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月02日

【書評】「お稲荷JKたまもちゃん!」と「動物になって生きてみた」―洋の東西から見る親しい存在たる「キツネ」の姿

 どうも、大変久しぶりに海外渡航をしてきた狐です。
 目的地は欧州はロンドン、本当は来年辺りに、等と考えていたものですが色々とご縁ありまして話が動き出し、比較的歩くにはよろしい9月末に一週間余りの渡欧となりました。
 幸い、天候にも恵まれ目的としていた事以上の成果が得られたのは幸いな限り。かねてより行きたかったヨークのNational Railway Museumにて、所蔵されているLNER Class A4蒸気機関車2512‘SILVER FOX'のマークを見るのが当初からの目的のひとつでありましたが、年に2日間しか機会の無いLondon Transport Museumによる車両基地併設の所蔵庫公開イベントであるActon Depot open weekendに参加出来たのは本当に恵まれたものであったとしか言えません。
P9222529.JPGP9243111.JPG

 そんなロンドン旅行から帰国した後には、夜行バスにて京都へ。
 その足にて伏見稲荷に夏以来のお参りをする等した次第でしたが、その日は以前から注目していた漫画「お稲荷JKたまもちゃん!」の単行本第一巻の発売日でもありましたので当地にて早速購入。


 内容は見ての通り伏見稲荷の神使たる白狐が人間の高校生活に憧れて、女子高生に化けて学校生活を送る、とのドタバタコメディ。
 作中を通して見れるのは、21世紀の高校生活を中心とした人間界に対する長い年月を生きているはずの白狐のお上りさん的視点でしょう。そしてこれには時に各地のお稲荷さんを始めとする神社寺院を巡る者として、また時には自らの高校時代と照らし合わせて、あるあるであったり、これはなかったなぁ、と被せられつつ比較出来、大変面白く読めるものでした。
 言ってしまえば「お稲荷JKたまもちゃん!」は古くから人々の近しい所に在り、人々の営みの拡大や変化に呼応してその姿を変容させてきた稲荷信仰、あるいは狐に対する私達のここ最近の見方や姿を良くとらえているかも知れません。
お稲荷JKたまもちゃん!: 1 (REXコミックス) -
お稲荷JKたまもちゃん!: 1 (REXコミックス) -
 少なくとも私が子供の頃、初めて「狐」と言う存在に対して抱いたのは、身近な人から聞かされた「狐は人を化かす」とのイメージであり、絵本等においても悪さをする、または誑かしたり善行をしても誤解されて退治される、と言ったパターン化された姿でありました。
 そしてそこには「お稲荷さんは怖い神さん」との民間信仰的要素も多分に加わり、非常に負のイメージの強い存在であり、子供ながらにその闇の濃さを感じてしまったのを今でもよく覚えています。

 しかし、何時の頃からかそうして描かれ語られる「狐」の姿は退治をされるのではなくする、あるいはそれを助ける側へと変わって行ったと感じます。勿論、そこには私自身がお稲荷さん、即ち稲荷信仰に対する興味を抱き、自発的に調べまた歩くと言った事に起因するバイアスも当然考慮に入れねばなりません。
 それを考慮に入れてもなお、21世紀になってからは以前ほど、世間的にも狐=負とのイメージで描かれる事は減ってきたのではないでしょうか。
 その代表的な一例として挙げられるのが、ポケモンシリーズにおける狐をモデルとしたポケモンの登場と変遷でしょう。最初の、90年代に出された無印シリーズ(赤・緑・青)の頃に登場した狐がモデルのポケモンであるロコン・キュウコンは、特に後者はその外貌からしてモデルとなった九尾狐のイメージを存分に投影していたものでした。
 私自身もケーブル接続をして友人らと通信対戦等していた世代でありますが、ゲームボーイの画面の粗さにドット絵の効果も加わり、前述した負のイメージをキュウコン自身に投影していたのは良く覚えています。

 そんなキュウコンも今ではアローラキュウコンとしてすっかりリメイクされ、ポケモンセンターに行けばその人形がどの店にも売られています。とてもこれは昔を知る身からすると信じられない事でしかありません。
 更にそれ以前に登場したゾロア・ゾロアーク(日本的な悪戯をする、あるいは惑わす渋い狐)、フォッコ・テールナー・マフォクシー(女性的な、また魔術的、そしてお洒落なイメージの狐)と言った狐をモデルとした彼女等はすっかり人と共にいて、協力し歩んでいく、そうした今様の狐の姿そのものでしょう。


 そういう点では「お稲荷JKたまもちゃん!」についてはこの2010年代も、あと少しで終わろうとしている当代における狐の表し方の一例として大いに参考になる作品であると感じます。
 そこから得られる狐の姿や描き方と言うのは多分に文化的な姿ではあります、決してリアルな姿ではありません。しかしそれでも長い年月に渡りこの日本列島に生きてきた先人達が、そうした姿、即ち信仰あるいは伝承の対象の中に狐を強く位置付けていた歴史を考えれば大いに得るモノはあると感じます。今後の続編もとても楽しみに思えてなりません。

 合わせて紹介したいのはその「お稲荷JKたまもちゃん!」が発売になる1ヶ月前、8月22日に河出書房新社より発売になったハードカバー「動物になって生きてみた」になります。
動物になって生きてみた -
動物になって生きてみた -
 こちらは英国在住の著者が野生生物になるとはどうなるのか、彼等の感覚的な捉え方等はどうしたものだろうか、とのテーマにより実践した事実と経験を下敷きとして西洋的な四元素説である土・水・火・風に当てはめて著したものとなります。
 その中で「火」に割り当てられているのが狐、それも英国においてはUrban Foxと分類される都会に棲む狐であるのがとても注目すべきところでしょう。
 何せその都会と言うのがロンドンなのですから。つい数日前まで滞在していた場所であるのもあるからこそ、ページをめくる旅にあの大都会の姿が浮かび、言い得ている、とうなずけてならず、2013年にBBCにおいて特集された事もある彼等の姿( http://www.bbc.com/news/magazine-24563919 )を今度は文章を通じて読み解く事が出来ます。
 最もBBCにおける特集はあくまでも都会に生息する狐、との点を脱し切れていませんでしたが今作は、その狐そのものの視点からとなるのが肝心なところでしょう。その生息環境、つまりロンドンと言う圧倒的に人の為にある土地にありながらも、土地に馴染むのではなくアカキツネとして備えている様々な能力をふんだんに振るっている彼等の姿を見る事が出来ます。
 そして狐に対する著者の想い、ヒトからキツネになる、との点がベースであるのが最大の特徴であるのは言うまでもありません。

 勿論、それ以外の章においてもそのテーマは貫かれています。しかし狐のページについてはそれが一際強く感じられますし、TF小説、即ち人がヒト以外の存在に変わってしまう(Transformation)、との題材で同人活動をしている身にとっては大変惹きこまれる内容であった、と言えるでしょう。
 何よりこの狐の章には唐突に東洋の狐、として日本における狐の扱われ方も取り上げられているのには著者のリサーチ能力の高さを感じます。そして日本における狐文化とは外国人の手を経てこう描かれるのか、あるいは伝わっているのか、と知るには最適な一冊ではないでしょうか。
 そしてTF小説書きとしての点に戻れば、自らを動物にしたい、あるいはなりたいとの思いや嗜好、そして願望を持っている人は是非読むべきであると思います。それは恐らく、その厄介な、しかしとても不可分な気持ちを幾許かでも満たしてくれるでしょうし、一つの実践例として多いに参考になるはずです。

 写真は2017年9月22日及び24日に撮影、引用したツイートは私のTwitterアカウントにツイートしたものになります。
posted by 冬風 狐 at 00:19| Comment(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月13日

コミケ92の終わった夏の日

 どうも久々に帰宅し、ホットミルクを作ろうとしたら電子レンジの中で牛乳が発酵していた狐です。
 一瞬何が起きたのか、と思いましたが記憶の糸をたぐれば数日前の夜に。要は寝る前に一口飲むか、と電子レンジで牛乳を温めながら寝落ち、目を覚ますなりそのまま出かけてしまい忘れていた、というオチでして半ば固形化したホットミルクとなるはずだったものを慌てて処分した次第です。
 今までこうした事はした事がなかったので、発酵するとこうもなるのか、と感心しながら片付けたものですがどうしてこうなるのか、そうした知識や理解なく、経験則しかない時代にはそれこそ不思議な現象であったのだろうな、とふと思いを馳せてしまったものでした。

 さて気付けば8月も半ば、各交通機関の帰省ラッシュによる混雑が伝えられる中、都内有明では毎夏恒例のコミックマーケットが開催されておりましたが、今回、私はその他の都合が整わなかったので足を運ぶ事はありませんでした。
 折々にTwitterなりを通じて人民解放軍に中国公安、そして朝鮮人民軍辺りのコスプレ写真を見て、こうした行為が出来るからコミケは面白いものだと思いつつ、夏至以降段々と早くなる日暮れの気配と共に秋を感じている、そんなところです。
 コミケの話題に触れると、このブログでも以前から時折触れてはいますが次に参加する機会はあるのかな、と毎度思えてしまいます。これはコスプレも同じですが矢張り、ある程度距離を置いてしまうと、もうその事時代が過去の出来事あるいは遺産に過ぎない、と捉えがちなのもあり、余程利害なり関心が高まらないと再度とは中々に難しいものです。
 最もひょんなことで唐突に、というのは大いにあり得ますが常に何らかの想定こそはしています。

 これはコミケに限らず、となりますが今年だけでもそれまでコスプレをしない、と言っていたフォロワー氏が不意にコス衣装を購入し、早速互いにコスして酒を飲み交わしたりなんてのは今年の最たるもののひとつとなりますが、昨年あたりから数か月おきに作成しています下のツイートの様なポケモンモチーフのビニテマミー作りも同様でしょう。


 ただ、流石に最近どうにかしないとな、と感じているのは以前に作成した同人誌の在庫、またかつて病気の影響で異常に痩せていた時期に購入し、今は着るのが厳しくなったコス衣装の処分、となるでしょう。これ等は手に入れるまたは作るのは比較的容易な分、目的の通りに用いれないと、途端に押入れの肥やしとなってしまうのが悩ましいものです。
 特に同人誌の在庫はどうしたものか、と言うところ。特に合同誌の取り扱い、こちらが中々に難しくあります。
 正直なところを申せば、唐突に音信不通となった後、独自にコミケにサークル参加するなどしてその所在や動向は分かるものの、こちらからの問い合わせに一切応じない方と組んだ合同誌については、ある意味どうする事も出来なくなっています。下手に頒布を新たにする等して何等かの行き違いが生じる恐れもありますから、結果として今は完全にお蔵入り、と言った具合になっている次第です。
 恐らく、現段階ではこれらの同人誌の扱いの整理の目途が着いたところでコミケなり、何等かの即売会にサークル「冬風書館」として参加、となるでしょうが果たしてどうなる事か、と思えてならない夏の夕暮れでありました。
posted by 冬風 狐 at 18:24| Comment(0) | 同人・各種連絡・サイト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月09日

冬風書館改装について徒然と記す夜

 どうも、昨年夏以来のブログ更新となります。時間こそ流れているのは分かれど、色々としている内に気が付いたら・・・!との具合なので、正直なところ、そうした時間経過の感覚が自らの中に抱けない、そんな狐です。
 さて今日はしばらく前からTwitterにて時折、触れている冬風書館サイト改装について軽く触れたいと思います。
 
 冬風書館は2005年1月2日に当初はブログから、すぐにhtmlサイトに移行し、その後はサーバ移転等も経て今年の1月2日で開設、28日にてhtmlサイト化、のいずれにおいても12周年を達成致しました。この間、多くの方に立ち寄って頂け、またやり取りさせて頂けました事は大変得難い経験でありましたし、厚く感謝申し上げます。
 それと共にそうしたやり取りの中において、私自身の思い込みや判断ミス、その他の諸事情もあり、御不快な思いも多々させてしまった事でしょう。これ等については他に述べる余地がございませんから、大変申し訳ない限りでございますが、今、こうしてご挨拶出来るのは本当にありがたい、としか言えません。

 そんな冬風書館ですが基本的に2005年当時とサイト管理の手法は変わっておりません、htmlタグを直接打ち込んで人力でひたすら管理している、ピクシブはおろかTwitterもない、mixiが時代の最先端となった、そんな時期のやり方をウサマもカッダフィーもシャボウスキーも鬼籍に入った中で続けている、そんな次第です。
 故に昨年から時間を見つけてはどう変えていくか、と改装話を進めていますが何分、色々と事情重なり遅々として進んでいない、と書く事が出来るでしょう。本当のところはサイト改装を速やかに進め、その上である程度一定の頻度でのサイト更新の再開を描いていましたが、とてもそれを待っていたら新たな小説掲載や更新に何時まで経っても取りかかれませんから、今は切り離して考えております。
 正直なところ、改装を急ぐ必要はないのでは?との思いは時として抱けてしまえます。
 しかし、急ぐを好むとも好まざるとも関係なしにスマホやタブレットの普及による閲覧環境の変化は、2000年初頭のPC閲覧を前提としたサイトデザインにそぐわないのに加えて、文字化けの問題がどうしてもついて回っています。
 加えて最近の検索サイトでは当方が最初のページとして意図している「index.html」を回避し、検索結果としてその次にあたる、と設定している「index2.html」を表示しているケースが見られ、注意喚起等の点でこちらの意図が上手く伝わらない恐れが現実になっていると言えます。
 最後に挙げられるのは現状、様々なコンテンツが乱雑に、かつ複数のサーバに分かれている中で安定した運営を行っていくのは今後、その手間が増大する恐れが大変強くなっています。そしてTF小説書き一辺倒で活動していた当時と比べますと、今は神社巡り等が活動の主体となっていますので、それらについてまとめる場も確保したい、冬風書館と言う場を最大限活用したい、となるには矢張り改装が避けて通れないのです。

 よって改装が成った後の冬風書館はTF小説と共に各地の神社巡り等についても合わせて取り上げる方向で、現在サイトデザイン等を検討しております。
 どれだけ形に出来るかは分かりませんが、今後も活動していく考えは変わらず抱けておりますし、それ等を活かせる場所として「冬風書館」を間もなくに迫る2020年代に相応しい姿にしていきたいものです。

 なお、もし何か冬風書館改装にご意見等ありましたらコメント頂けると幸いです。今後ともよろしくお願い致します。
posted by 冬風 狐 at 22:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 同人・各種連絡・サイト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月10日

【web拍手返信有】TF(獣化)要素の詰まった都営交通マナーポスター

 どうも、神社巡り等で歩き回って日に焼けた姿から「何かスポーツでもしてるの?」と聞かれる狐です。
 神社巡りと言っても中々に理解してもらえないのはありますから、実のところ、こう尋ねられるのは結構都合が良いもの。故にあちらこちらを散歩ないしウォーキングしながら神社とかに立ち寄ってる、と返すと中々に話が、神社だとかを前面に出すよりも弾んだりするので、今後も使っていたい、そんな返し方のひとつなのでありました。

 さて、東京に行くとJRは山手線含めて余り使わず、大体は1日券等を買って地下鉄で移動する事が多いものです。その中でも都営地下鉄はメトロに比べて、良く行く東京東部方面に路線網がある、また比較的空いていて結構な確率で座って楽に移動出来るので好んで以前から使っているものです。
 そんな先日、新宿線馬喰横山駅から浅草線東日本橋駅に乗り換える際、こんなポスターを見かけてTwitterに投稿したものでした。



 見ての通り、これは都営地下鉄のマナーポスター。以前より奥に貼られている虎を題材にした「駆け込み乗車防止」啓発ポスターは利用する度に見かけていたものの、手前側にある鴉を題材とした「歩きスマホ防止」のものについては初めて見かけたから、以上にそのデザインがとても琴線に触れてしまい、しげしげと眺めてしまったものでした。
 特にこれは、と注目してしまったのは上のツイートでも触れている通り、ただ鴉の被り物をしているだけではなく、尾羽と思しき部位がちゃんと描かれている点。大体、鳥をモチーフにした場合、良く見かけるのは嘴、また翼と言った特に見える部分が一般的であり、尾羽だとか足の鱗だとか、これぞ鳥らしさをより増させる部位が描かれるのは中々見かけません。
 加えて鳥自体が好き、特に鴉は好みなものですから余計に反応してしまった、と言えるでしょう。そうした色んな点から何とも楽しめる内容に、その後も都営地下鉄を利用して見かける度にくすぐられてしまう、そんな具合でありました。

 それ故に昨日、浅草駅より浅草線に乗り込む際に何気なく、改札口にあるモニターを何気なく見るとこの啓発ポスターの動画版が、また良いタイミングで流れ出すではありませんか。生憎、それは先にポスターにて注目したものではなく、「駆け込み乗車防止」バージョンの動画でありましたが、思わず足を止めて見てしまったのは言うまでもありません。
 最もその時は次の用事に向かう手前もあったので、間もなく来る電車に乗るべくホームに下ってしまいましたが、またしばらくして用事も終わり、さて帰るかと地下鉄浅草橋駅へ。そして時刻表を見れば、乗ると都合の良い京急線直通電車が来るまでしばらく時間があるのは、普段なら大分待つなぁと思ってしまうものですが、その時ばかりはこれぞ良い巡り合せ、としか浮かばなかった次第。
 故に休日の夜、人も疎らな改札内にて浅草駅のものと同様なモニターの前で構えていれば、都営沿線案内等の動画に続いていよいよ流れ出したのがマナー啓発の動画。
 それも嬉しい事に先に見たものではなく、私が注目するきっかけとなった「歩きスマホ防止」バージョンで、その際に撮影し、後ほどTwitterに投稿したものが以下のものとなります。




 
 浅草駅にて見かけた「駆け込み乗車防止」バージョンの時点で、これはTF(獣化)描写絶対あるだろう、と見込んでいましたが、いざ見ると思った以上に手が込んでいてこれは大変美味しいもの。足跡が人のものから鳥のものになるのも、これはこれは良い意味で気持ちをくすぐられてしまいます。
 加えて最近の趣向として、着ぐるみを介したTFだとか、そうした方面に関心が以前よりも強くなっているのもあり、琴線に触れるなんて優しく書けるレベルではない、最早爽快さすら感じられるものであったのは言うまでもありません。

 なお、これ等の動画やポスターについてはツイート後に調べてみると、東京都交通局の公式サイト内で公開( http://www.kotsu.metro.tokyo.jp/fan/manner.html ) されておりましたので、より詳細を、との方は是非ご覧になる事をお勧めします。特に私が当初そこまで関心を払わなかった「駆け込み乗車防止」バージョンでは、ほぼ完全なTF(獣化)描写が見受けられます。
 都営地下鉄のマナーポスターは毎年テーマが変わり、かつ4種類程度は作成されるので、今回のシリーズもあと1つか2つはバージョンが出て来るのが予想出来ますから、さてどんなものが出て来るのだろうか、と言った期待を抱けてしまうばかりでした。

 さて末尾となりますが、Web拍手に「サイトが文字化けして読めない」とのご意見を頂きましたので、こちらにて回答させて頂きます。
 サイト、即ち「冬風書館」は基本的な構造が10年余り前にサイトを開設した頃と変わっていませんので、最近のスマホやタブレットでは文字化けが出てしまうのが避けられない状況にあります。
 その為、トップページやここ1年余りで掲載した小説については対応を行っていますが、全てのページに対しては行えていない為、閲覧環境によっては文字化けしてしまうのが避けられない状態となっています。また現在行っている一部ページでの文字化け対応も、暫定的なものであるので、全ての文字化けに対応出来ているかは検証が出来ておりません。
 長期的にはサイト自体の大幅な改装を予定しておりますので、そちらで対応する予定を立てていますが具体的に何時までに、とは現時点では示す事が出来ません。大変申し訳ない限りでありますが、今しばらくお待ちいただければ幸いに思います。
posted by 冬風 狐 at 22:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 変化・変身・獣関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月05日

人間と動物の関係と「権利」についての考察・その1

 ここしばらく多忙続きでろくにTF小説の更新も出来ていない、そんな狐です。お久しぶりでございます。

 さて、このブログに記事を乗せるのも昨年の12月以来と大変に間が空いてしまったものですが、久々に一筆書いてみるとしましょう。
 そうなったのもつい先日、とあるフォロワーさんと共に江ノ島なぞをぶらぶらと歩いていた折、一息吐こうと入った喫茶店にて興じてしまった、以前から時折考えていた話の忘備録と言ったところになるでしょうか。

 その席で盛り上がったのは一言で言えば「人が先か、動物が先か」「人間の権利と動物の権利の関係性」と言ったもの。
 正直なところ、その場で興じてしまった話のそもそものネタ、となるモノは、そのフォロワーさんを挟んでの又聞きでありますから、私として直接見聞した訳ではありません。なのであくまでも、と但し書きは着く形ではありますが私なりに書いてみようかと思います。

 人間と動物の関係と言うのは不思議なもので、人間自体も「動物」の一形態でありながら、火を得たからか、それとも「生産」との手法を編み出したからか、はたまた、言語を巧みに操れたからか。同じ「動物」でありながらその行動、何より単一の種としての数には相当な差があるものです。
 それ故に動物が動物を管理する―即ち人間が愛玩動物(ペット)を飼う、家畜として一定の動物を飼育する―に留まらず直接的な利害関係の存在しない動物、その代表例として特に挙げられるのがクジラやイルカでありましょうが、特に一部の動物に対して特異的とまで言える執着ぶりを、濃淡こそあれ見せるのは、人間が人間自身をして「動物」の範疇外にある、と認識させてしまう、位置付けてしまう最大の要因の一部ですらあるでしょう。
 現実問題として起こっている種々の問題を取り上げると幾ら紙幅があっても足りませんから、ここでは割愛としますが、人間がどうして一部の「動物」に対して強い執着、あるいは思いを寄せるのか、更には「権利」さえ生じさせてしまうのか、との点へと最終的には触れていきます。
 
 前述した通り、人間とは動物でありながら「動物」と安易に我々自身がみなしがたい存在であり、かつ実際の行動様式が余りにもかけ離れています。
 まずは世界的に分布を有していると言う事。そうした動物とは哺乳類に限っても多々おり、代表的なのがアカキツネでありますが一部の地域、例えばオーストラリアに対しては人間による連れ込みがなければ、独力での進出は困難であったでしょうし、よりそれが顕著なのはウマではないでしょうか。
 何せ、ウマはすっかり馬として人馬一体との形で世界へ広がり、人間による人間に対する征服行為(代表的なのがスペインによる新世界進出)を強力にサポートしてしまったのですから。そして今や野生種としての馬は絶えていると言ってしまって良く、馬と言う家畜として完全に人の社会に組み込まれている典型的な動物であります。
 続いてはその人間が個々に持ち合わせる「縄張り」の範囲が極めて近接しあい、複雑に関係性を有している事。これを一般に組織、社会や都市、また国家と言うのでしょうが、これも大半の動物では中々に考えづらいもの。それでもアリやハチが築く社会的な構造と言うのは有名ではありますが、矢張り規模だとかそうした点では人間に及ぶものではありません。
 何せ人間はこの地球全体にその体制を敷いてしまっているのですから。仮にそれを比肩しようと欲する種がいたならば、それを上回らない限り、人間はその事実を決して認めようとせず、そもそも見ようとすらしないでしょう。

 しかし実はその人間を上回る存在を人間は知っています、それは「神」であり、天国、また地獄と呼ばれる目には見えない存在。
 我々がどうして生まれたのか、今ここに在るのはどうしてなのか?
 それは有史以前から、人間が人間として芽生えだして以来、常々抱き続け、時として喜び、あるいはもがき、生も死ももたらした存在。それが「神」であり、多くの伝統的な民族が持ち合わせる神話や民話、何より歴史自体がその宝庫であるとして過言ではありません。
 とは言え科学的な知見や技術に支えられるここ数百年時代となってからは、多くの地域でその勢いは削がれ、更にマルクス・レーニン主義(以下共産主義)やファシズム(主としてナチスドイツ)に基づく社会主義体制を取った地域や国家ではそうした存在を考える事すら過ちである、とすらされてしまったものでした。
 しかしその中では幾つか興味深い現象が起きたものでした、それは「神」に変わる存在の創造の試み、と言えるでしょうか。

 その始まりとして明確だと思えるのは、フランス革命期に執り行われた「最高存在の祭典」であり、これはそれまでのキリスト教的な神ではない「神」を創造しようとする試みでした。
 加えてこの時期のフランスにおいては、矢張りキリスト教の関わる従来の暦を否定した「革命暦」の制定もされ、ロベスピエールの失脚と共に消え去った前者の試みとは異なり、ナポレオン・ボナパルトによる体制掌握の時期まではある程度の機能を見せていたものです。
 その後、その動きを国歌として大々的に実行に移したのが共産主義による国家や地域であり、その最初の例となったソヴィエト連邦であり、それまでの帝政ロシアにおいて体制と共に在ったから、との事実を含めてみてもロシア正教はその勢いを大いにくじかれてしまったものでした。
 ソ連崩壊後の今も政治的には共産主義を採用している中華人民共和国においては、例えばキリスト教については共産党の指導を受ける公認教会とそうでない地下教会とが存在し、今なおカトリックの総本山たるヴァチカンとの関係は困難な一面があります。
 そしてナチスドイツ、こちらはファシズム国家として「ナチズム」に基づいた新たな社会体制・価値・人種理論の創造が試みられ、矢張り従来からの「神」はよろしからず、とされたものでした。
 最も、こちらについては先に触れた共産主義国家ほどの徹底が生じる前に体制が崩壊してしまった事。更に同じくファシズム国家と分類される国々でも、特にフランコのスペイン、サラザールのポルトガルにおいては既存の「神」を奉じるカトリック教会との協調路線が取られていましたから、大分毛並みは違うのは留意しなくてはなりません。

 ただそこで生じた現象にはふとした共通点があります。それはロベスピエールが行ったのと同様な新たな「神」に相当する存在の創造、またそれを支えとした国家・国民の創出の試み。
 これがソ連や人民中国では「全てを指揮する共産党」であり、ナチスドイツにおいては「世界に冠たるドイツ民族」。更に両者とも踏み込めば強い指導者に対する「個人崇拝」がありました。
 特に後者については少なくとも当初の意図されていたシステムの上では、あくまでもそうした立場・役職としかみなされていなかった存在が、自然と君臨し、かつそれ周囲が容認して行ったところに注目すべきでしょう。
 ソ連ならそれはスターリンであり、人民中国なら毛沢東、ナチスドイツならヒトラーとなりますが、彼等はその立場に就くレールに乗るまでは、本流どころか傍流も良いところで、その動きは正に「見えざる手」に導かれたかの様な具合ですらありましょう。
 だから彼等は権力を掴むや否や、正に「全能の神」の如し振る舞いへと走って行ったのでしょうし、走れたのではないでしょうか。そして今なお、語られる存在でいるのを見れば、歴史とはある種の「神話」の創造であると言えてしまえます。
 即ち、「神」や「神話」、「天国」や「地獄」の概念こそが人間を人間たらしめていて、否定するはずの行動や思想が新たな創造の根源となる皮肉さを持ち合わせているのです。

 話がやや脱線しましたが、ここでようやく「人が先か、動物が先か」「人間の権利と動物の権利の関係性」に触れる事が出来ます。
 前述した通り、人間とは動物であって動物である、そんな二面性を持つ存在です。そして自らの立場を「動物」より上に位置付け、「神」の下に置こうとする性質があります。
 しかし、「神」をも凌ごうとする欲求や行動を同時に見せ、「動物」は人と対等であるとすら主張しようとしますし、実際に行動に移した例は多々見受けられます。
 前者においては前に触れたフランス革命だとか、人類史上大きな意味を持ち合わせる歴史的な出来事であり、啓蒙の時代から拡大して産業革命を経て今に通じる科学的な世界や文化がそれでありましょう。そして後者は特に昨今盛んになっている動物の権利擁護、と言った動きが見えてきます。
 ここで重要なのは「動物の権利」が言われる様になったのは何故か。なによりそうした「権利」が存在する、と気付く人や思想が生じたのはどうしてか、となるでしょう。
 これについては人間の権利、即ち「人権」が確立したからこそ、人々の関心が「動物」に向かったからに過ぎない、つまり人間に余裕が生じたからこその現象であると考えます。

【人間と動物の関係と「権利」についての考察・その2へ続く】
posted by 冬風 狐 at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 変化・変身・獣関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月03日

冬コミ(C89)への冬風書館サークル参加と秋姉妹本頒布について

 気が付けば季節も師走、12月。もう1年も暮れかと思える、そんな心地の狐です。

 さて、冬コミの当落発表がTwitterのタイムライン等で話題になったのももう1ヶ月ほど前。そしてコミケ開催まで1ヶ月ほどを切りましたが、公私ともに多忙な中、何とか新刊頒布の目途がつきましたので、サークル参加告知と併せてお知らせいたします。
 今回の冬コミ、C89にサークル「冬風書館」は12月30日西地区「ほ-09b」にて参加致します。
 頒布内容はこれまでの東方系既刊(東方TF本含む)と合わせて、新刊として以下の頒布を行います。

「東方変化譚―鈴奈庵炎上に対する秋姉妹と稲荷神の行動について」

・主要登場人物:秋姉妹・本居小鈴・稲荷神(オリキャラ)
・健全本、18禁描写なし。一部、獣TF描写含む。小説本、挿絵等なし。
・頒布価格:600円予定(変更の可能性あり)
blog.png
 なおサークルカットに記載してありました委託本については、この記事を掲載する段階では委託側の事情により行わない方向となっております。

 この冬コミ参加を以ってサークル「冬風書館」の各種同人誌即売会等への参加については、公私共に多忙なのもあり当分の間、一時休止とする予定です。
 2006年のコミケサークル参加以来、初めての西館でのサークル参加なのもあり、慣れないところもあるかもしれませんが、当日は何卒よろしくお願い致します。
posted by 冬風 狐 at 17:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 同人・各種連絡・サイト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月19日

「パレードへようこそ」で見る80年代英国の一面

 どうも久々に映画なぞを見て来た狐です。
 以前に映画を観たのは、はて何時だったか、と思えるほどのものではありますが今回観てきましたのは「パレードへようこそ」( http://www.cetera.co.jp/pride/ )。
 2014年に英国にて制作された映画であり、原題は「PRIDE」。そう、ふと察せられる人もいるかとは思いますが、ゲイやレズと言った同性愛をテーマの一つとしている映画でもあります。

 とは言え、それだけならとても観には行かないでしょう。何故わざわざ観たのか?となれば、それはこの映画がサッチャー政権下での英国を描写していたから、となり、更に加えるならばゲイやレズ、いわゆるLGBTと称される近年になってその存在が大きく、広く知られ、また認識されるようになった「若い」流れにいる人々と、炭鉱労働者、即ち長らくに渡って社会や経済を支える根底足る資源「石炭」を掘り出すのに従事してきた「古い」流れにいる人々のつながりを描いた、その点に非常に興味深かったから、となります。
 かつ、それが実話をもとにしたものである、そこが特にポイントとなったと出来るでしょう。全く違うカルチャーの中にある彼らがどうして結びついたのか、これは是非とも観なければ、となった訳です。ちなみに知ったきっかけはしばらく前の東京新聞夕刊であったかと思います、通勤電車の中で何気なく読んだ記事であったものでした。

 舞台は1984年、日本はバブルに向かって「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とすら評されていた絶頂期。対して、西の島国たるかつて世界を制覇した英国は「英国病」と称される長期的な停滞の中にありました。
 そこに現れたサッチャー保守党政権の下、後にサッチャリズムと呼ばれる民営化や政府の関与(規制)の縮小を基軸とした新自由主義政策の下で揺れ動いていたものでした。
 その象徴的な光景として取り上げられるのが、国有化されていた諸産業の労働組合により展開されていたストライキでしょう。
 特に有名なのが国有自動車会社ブリティッシュ・レイランドの組合によるものと、全英の炭鉱労働者組合によるものですが、「パレードへようこそ」で取り上げられているのは前述した通り、その後者であって、その姿は第二次世界大戦後のカルチャーのひとつとも言えるLGBTと比べると全く対照的であり、およそ、ただ、そのままではとても結びつくとは思えない限りでしょう。
 しかし、この2つの存在はLGBTのある若者が「両者ともサッチャー政権の政策(LGBTに対しては英国の伝統的な価値観の維持、炭鉱労働者に対しては合理化を主題とした新自由主義政策)によって圧迫されている!」と気付いた事、それがきっかけとなって、そしてふとした勘違いがきっかけとなって一気に結びつきます。

 とは言え、それはその時点ではそれぞれの全体の合意に基づいたものではなく、半ば勢いに近いものでありましたが、一度動き出したが故に危うさを秘めつつも話はどんどん広がっていきます。
 それ故に引き起こされた様々な人間模様の交錯や対立、更に共に対峙している政権側の政策の進行、何より社会からの視線。それ等によるつながりの動揺―即ち秘められていた危うさの露呈―と流れとしてはある意味、矢張り、と言えてしまえますがそれらのシーンが一つ一つ、やや断片的でありながらつながりを持ってテンポ良く描かれているのには何とも惹き込まれてしまう事、頻りであったとしか言えません。
 そしてそこから生まれた変化は「バタフライ効果」ここにあり、と言えてしまえる好例ですらあるでしょう。

 同時に感じたのは圧倒的に多数、と感じている事が実はそうではないのかも知れない、との事でしょう。また当然と言えば当然なのですが、センセーショナルに描かれる、報じられる内容を人間は信じやすく、更に信じるだけならともかくそれを鵜呑みにして周囲に広めようとしてしまう。
 その模様は昨今の日本でも良く見られる現象だけに、取り上げられるテーマこそ違えど、遠くの出来事を見ている心地ではとてもいられない。まるで我が事の様にも捉えられてしまったものです。
 そうした展開以外でも作中に現れる様々な小道具や建物、衣装などは当時の、80年代の空気を何とも伝えていた点も見どころ。例えば、移動している途中では連絡が取れない、これはあるワンシーンとなりますが、それすら今や「有り得ない」経験とすら一般にはなってるでしょう。ふと新鮮とすら見えてしまえます。
 対して21世紀となっても英国の街並みは、サッチャー・メージャー保守党政権後、「クール・ブリタニア」「第三の道」を掲げて、一定の復活を推し進めたブレア労働党政権、と様々な流れを経た後でもあまり変わっていない事にも、かつて旅した時の記憶を被せては気付いてしまったものでした。

 そんな具合で色々と盛り沢山な「パレードへようこそ」。テーマがテーマなだけに明確な同性愛的な表現が時折ありますので、そうした点が苦手な人は厳しいかもしれませんが、サッチャー政権下での英国の世相と文化に触れるには大変良い作品であると思えてなりません。
posted by 冬風 狐 at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史・時事・民俗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月24日

久々の獣化小説書きが集う夜

 どうも各地で桜の便りも聞こえて始める中、いかがお過ごしでしょうか?相変わらずの狐です。
 今月も気が付けばもう終わりの頃合。先月半ばからひと月ほどは、前回のブログ記事でも取り上げた通り、先の3月13日に行われましたJRダイヤ改正により廃止される特急「あやめ」、またその走行する鹿島線、そして鹿島神宮と周辺のお稲荷さんを中心とした神社巡りに時間さえあれば費やしていたものでしたから、結構あっという間に時間は過ぎ去っていったと思います。
 最も月の頭の頃は、2月に比べて31日まである3月に長いなぁ、との感を抱いていたものですから、こうした感覚とはアテになる様でならないものだと思えるばかり。とにかくは暖かさも増してくる中で、来る4月も色々として行けたら、幸いなものでしょう。

 そんな数日前、久々に獣化小説書きなTFクラスタでの飲み会に参加して参りました。これはサイト「冬風書館」を立ち上げて間もない頃から付き合いのあります、宮尾さんの呼びかけで有志が集まったものでした。
 当日は出掛ける直前に発生した急用故に、待ち合わせの時間に遅れざるを得ず、宴も大分深まった頃にようやく参加出来た、との体たらく。折角お声掛けしてくださった宮尾さんを始め、参加された皆様にはご迷惑をおかけしました事をこの場を以って、今一度お詫びしたい限りです。

 とは言え、遅れたものの、参加出来て良かったとなるところでしょう。参加者の中には5年かそこらぶりにお会い出来た方もおられましたし、初めてお会いした方を含めて、近況報告に限らず、それぞれのTFへのこだわりやネタ話等にも花を咲かす事が出来たのは本当に良い時間でありました。
 東方クラスタ同士ですと比較的、頻繁に集まってコス飲み会等をしているものですが、TFクラスタ、それも獣化小説書き同士で集まる機会は中々に得られません。振り返れば10年程前、サイトを立ち上げてからの数年間は、まだTwitter等のSNSもない時代でしたから、サイトにおいてあったチャットに夜な夜な集う、とのネット上での集まりはあったもの。
 しかし、色々とツールが便利になって整うにつれ、皮肉な事に、反比例的に集まる機会はむしろ薄れていた、だけに貴重な機会であったとしか言えません。今ではチャット、との言葉すら聞くのも難しいほどになってしまっただけに、一昔前とは違うつながりの薄さがあるとも出来るでしょう。
 今でこそ、ピクシブだとかの書ける場所が整ったのもあり、大分書き手の数は増えたとは言え、TFに限らず、同人分野での小説の位置づけはイラスト・漫画に比べると矢張り小さなもの、との点はどうにも否めません。それだけにこうしたつながりを今後とも継続して行ければと思いつつ、盛り上がった宴は深夜の東京駅にて散会となったのでした。

 改めて末尾となりますが、当日は皆様、ありがとうございました。また機会ありましたらその時は、よろしくお願い致します。
posted by 冬風 狐 at 00:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月22日

鉄道とお稲荷さんからの鹿島線と特急「あやめ」狐娘化考察・房総特急の色は八雲藍色

 どうも寒さは続くものですが、雨水も過ぎたからか、夜に歩いていてもふとした気温の温さを覚える狐です。

 昨日は久々に千葉の東総・水郷地域、鉄道路線で示すなら総武本線と成田線・鹿島線一帯をJRの休日おでかけパスと房総料金回数券を使って巡ってきました。
 実際のところは成東・成田以東はおでかけパスのエリア外なので、利用する区間に合わせて運賃を支払っておりますから、パスだけで、との訳には行きませんものの、横浜からですと成田まで往復するだけで元が取れるので、比較的お得な小旅行が出来たものでした。
 今回、まず目的としたのは、Twitterで逐次投稿していましたので見ていた方はお分かりにはなるかと思いますが、来月のダイヤ改正( http://www.jreast.co.jp/chiba/news/pdf/pre1412_timetable.pdf )にて廃止となる特急しおさい5号と特急あやめに乗る事。
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 どちらも途中駅から普通電車に変わる、かつて、JR千葉支社管内の特急ではよく見られた運行形態を今なお行う列車であり、どんな具合の利用がされているのかを見つつ、次いで八日市場から成田までのJRバスに揺られる予定ではありました。
 最も、こちらについては八日市場駅にて駅前の観光案内に目を向ければ、駅のある匝瑳市郊外の飯高壇林に伝わる狐の逸話に惹かれてしまい、そちらを巡る事に変更してしまったので、また次の機会に、とはなりましたから結果として鉄道観察+お稲荷さん巡りの小旅行になった、と言えるでしょう。
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 そんな中、もう気付かれている方もきっといるかと思いますが、JR千葉支社の千葉以東の電車にはある色が必ず使われています。それは紺に近い濃い青色と黄色であり、普通電車は銀のステンレス車体にその色のシールが帯として巻かれているだけですが、特急となると白地にその色合いがより鮮やかな具合で映えているもので、特にその後者の色合いがある存在、キャラクターに通じる物があります。
 それは八雲藍。東方妖々夢に出て来る九尾の妖狐たる彼女の服の色は濃紺と白、またその髪と尻尾は鮮やかな金色と、少しばかり異なっているのは当然としても、大体において似通った色合いでありますし、一度気付いてしまったらどうにもそうとしか見えなくなってしまったのです。
P9032208.JPG
 故に昼前にしおさい5号にて東京駅を出る時に気付いてから、しばらく自ら納得していた流れで、前述の通り、八日市場駅前にて狐の逸話に触れ、それを機に幾つもの神社を巡れた、となってくるとますます、最早八雲藍を超えて狐だとかを意識してしまえてならない始末。
 加えて以前から成田駅・佐原駅・香取駅・十二橋駅・潮来駅・鹿島神宮駅付近に幾らかのお稲荷さんの集まりがあるのを把握しており、その内、佐原駅と香取駅付近のお稲荷さんに関してはちょうど1年前に巡ったところ。
 かつ、鹿島線の実質的な始発駅となっている佐原駅の傍らには、かつて茨城県の笠間稲荷への団体列車が縁となって、鉄道を護るお稲荷さんとして当時の駅長により勧請されたお稲荷さんまである事から、そうだ、鹿島線と特急「あやめ」を狐娘化させてみたら面白いのではないか、と浮かんでしまった次第なのでした。
P2213187.JPG
 そんな訳で実際にあやめに乗りつつ、そして十二橋駅にて折り返し、成田から東京行の総武快速に揺られながら浮かべた結果、以下の様な狐娘がぼんやりと浮かんできています。なお狐娘、としていますので人顔を前提としています。

【狐娘化鹿島線】
・服装:巫女装束、提灯あるいは刀を携えてる
・服の色合い:茶色地に紺をあしらい
 →鹿島線に付与されているラインカラーの茶色と普通電車の紺色から
・毛並み(髪の色):淡い水色、やや長め
 →沿線の河川の豊富さから
・尻尾:1尾
 →短距離路線であり、歴史も比較的浅い為
・性格:前向きで元気娘、でもどこかで達観気味、暗い時はとことん暗い
・体格:痩身、150センチ程度の小柄な娘、腕っぷしは強い
 
【狐娘化あやめ】
・服装:山伏装束、錫杖と鏡、あるいは御札を携える
・服の色合い:紫に黄色と緑をあしらい
 →現行のE257系500番台の車体カラーより
・毛並み(髪の色):濃いめの臙脂色、比較的短髪
 →以前の183系の国鉄特急色の赤色から
・尻尾:6尾
 →183系時代は6両編成で運行されていた
・性格:前向きでも後ろ向きでもない中間的な具合、物静かだが主張すると強い
・体格:適度に筋肉質な痩身、170センチ程度はあり足は速い

 半ば思いつきに近い形ですので、今のところはこの様な具合。現実に存在するものをキャラクター化する、との事が正直なところ、その発想に至るのも含めて初めての事なので生煮えにすらなっていない状態ではあるかとは思いますが、忘備録も兼ねてブログにしたためてみた、そんな次第。
 3月のダイヤ改正までの間に朝の鹿島神宮発のあやめ4号、房総特急で唯一定期列車での新宿乗り入れをしているしおさい16号、そしてそれ以降に渡る形で鹿島線沿線のお稲荷さん巡り、と今後もこの方面には行く機会はそこそこある、と踏んでおりますから、それ等を活かしつつ、発想として膨らませて適宜形づくっていけたらと思える限りです。

 写真は5枚目の物以外は全て2015年2月21日撮影。5枚目の物のみ、2013年9月3日撮影、過去に当ブログにて使用実績あり。
posted by 冬風 狐 at 04:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 変化・変身・獣関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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